2010年1月21日木曜日

祝発売!思い出のシングル7インチ


GO-GO 3 Vivid Modet7505 B面の「ピーター・ガン」がかっこいいのだ。いろんな人がやってるけど、ロンナイではデルモナスが普通かな。もちろん、元は50年代にヘンリー・マンシーニがテレビ・ドラマのために書いたものです。


THE TEARDROPS Vivd Modet7504  両方オリジナル。ある意味チェッカーズなんかはこの路線から出てると行っても過言じゃないですから。


 寒かったっすねー、今日は。特に夕方。風が半端なくキビシくて。チャリに乗っててもよろけそうになりましたから。(トシだから、じゃないですよ)。

 昨日は、アライグマくんの突然の訪問に多少パニクりましたが、でも、ニュースくらいでしかああいうの見たことないですからねぇ。それがいきなりウチの庭にいたんだもの・・・・。ネコかな〜?なんて覗いたら「デカッ!!!」で「コワッ!!!」でした。でもなついてるみたいで、あんまり人間を怖がってないんですよね。
 今考えると、もっとよく見とけばよかった、な〜んてネ。


さて、今回はレコードです。知り合いのVIVIDレーベルからこれまた知り合いのバンドの懐かしい曲が7インチで復刻されるので、お知らせします。ご覧の通り、2枚です。ともの、去年出したレコードガイド風な単行本『LONDON NITE DISC GUIDE』(P-vine出版かブルース・インター・アクションズ出版か。同じ会社なんですよね。レコードとか出してる)にもちゃんと出てます。マストですね、いわゆる。


 1枚はガールズ・コーラス・トリオのGO-GO 3です。YouTube検索しましたが彼女たちの映像は見当たらなかったです。タカちゃん、トモエちゃん、タマキの3人で、特にトモエちゃんとは彼女が高校生の頃から知り合いで、だからこもグループを作った時もよく見に行きました。ちょうどロンナイも始まり、ネオGSブームもありで、ストライクスなんかもいました。あの頃はMint Soundsでこういうの沢山だしてましたね〜。コモリくんのレーベルです。
 多分、このへんがいろんな今の日本のポップミュージック、特にエレキ/ネオアコ系のルーツのひとつで、渋谷系もそうかな。コレクターズなんかはいまだにここの地点にいて、今を生きてるって感じですものね。ヨーガク好きなポップ・マエストロつーかマイスターでもなんでもいいけど。
 曲はA面の「The Wild One」もイイけど断然イイのはB面の「Peter Gunn Locomotion」で、このシングルに初めてシングル用のエディット・バージョンが収録されました。嬉しいっすね。デルモナスに負けない出来上がりですもの。


 もう1枚はやはりおなじみ、The Teardropsです。山口富士夫さんのやってたバンドと間違えられることもあるけど、こちらが「ロンナイ」ではマスト。もちろん、デビューした頃から今も仲間です。日本のロカビリー、というとキャロルとかトラブルとかブラック・キャッツとかが思い出されるけど、このティアドロップスのロカは、もっとスィートでコミカルな感じもあって、どっちかというと、シャネルズ〜ラッツ&スターな方向かも。
 曲はマストの2本だて。「Last Gamble★ Go Billy」と「Goodbye, I Love You」どちらもフロアキラーでした。てゆーか、今でもロカ好きには人気なんですから。


 CD使うことが多くなってる今ですが、やっぱりレコードの良さは忘れたくないですねぇ。この持った時の感覚からしてCDとは別物で、ドリーミーです。

 今夜は今からご飯で、それからラジオ「ロンナイ」の録音におでかけです。帰りは午前様すかねぇ。アライグマくんに出くわさないようにしないと・・・。

 Delmonasの「Peter Gunn Locomotion」の参考映像です。

2010年1月19日火曜日

22日金曜日オルガンにてロンナイです










 もうHP見てご存知かとは思いますが、今週末の金曜日22日ですね、渋谷のオルガンでロンナイの今年都内での初めてのパーティーを「新年会」としてにぎにぎしく行います。


 基本的に時期がズレたんですが「新年会」としてやろうかと。いつもはワイヤーでやってたんだけど、ワイヤーから出たんで、なかなか会場の都合がつかなくて、ここまで延び延びになっちゃいました。


 オルガンは「CROSSROADS」の会場でもあり、ロンナイも何回かやってるのでご存知かもですが、渋谷の駅から歩いて10分くらいかな。センター街を進んで、東急ハンズ方向に向かい横T地路に出たらそこを渡りすぐに右に曲がり、最初の角を左に。すると5メートルくらい先右手に「MOGA MOBO」という洋食屋さんの看板がありますから、そこのビル「くれたけビル」の3階です。ボロいビルですが、まぁ、その分敷居も低いわけです。階段は狭く急だけどね。


 9時からTill Dawn。DJはいつもの通り。大貫、ヒカル、稲葉達哉、SHJ,Yossy,U-ichのほかにゲストというか、仲間のTAGO!(Greaseville)にKatchin(Ocsilators)にYUTA姐さん。ほかにもいろいろ来ると思いますけど、DJはこんな感じで。


 正月気分はさすがにないけど、今年の初めてのロンナイをここで迎えていただければ、と思いますので、お時間作って遊びに来て下さい。ぼくのDJはだいたい2時頃です。ロック・スピリチュアル・ノンジャンルでガンガンいきまーす。よろしくね。

2010年1月14日木曜日

天使のカンタータ/ Walker Brothers


天使のカンタータ c/w スタンド・バイ・ミー THE WALKER BROTHERS ビクター SFL-1131 ¥370


 


 今日は寒かったですよね。急に寒波が襲来して、突風まで吹き荒れ日本中が大荒れの一日。政治の方もオザワさんやハトヤマさんがいろいろ大変みたいだし、2010年の幕開けとしては、この先見通し良くなさそうな気配で心配です。なんて、話じゃなく、またこないだのRECOfanでゲットしてきたレコードを1枚紹介します。

 ウォーカー・ブラザースの後期、というか、実際は解散した後に発売された7インチ・シングル。曲はA面が「天使のカンタータ」でB面が「スタンド・バイ・ミー」というファン泣かせの1枚です。言うまでもなく、ウォーカー・ブラザースは元々はロスの出身だからアメリカのグループです。でも、彼らの活躍場所はイギリスで、とりわけスコット・ウォーカーの甘いマスクと歌声に人気が集中して、日本でもアイドルとして高い人気を誇っていました。メンバーは3人。ボーカル・グループですが、バンド・ブームということもあったのか、無理矢理楽器を持たされた写真もありました。
 ゲイリー・ウォーカーは実際にドラム・セットに座って、ライブでも一応ちゃんとドラマーしてましたね。

 曲はスコットが書いた自作のもので、バッハのカンタータをイントロに使ってパイプ・オルガンの荘厳な響きやホーンの高らかな音色も美しい、クラシカルなムード溢れる曲調になってますが、これは「In My Room」(Beach Boysの同名曲とは違います)という同じようにバッハの曲を使ってヒットした彼らのレパートリーを多分に意識した作風のようです。バロック風なサウンドはプロコル・ハルムの「青い影」を頂点にして60年代半ば以降、時代の流れにピタリとハマったものでした。

 原題は「Archangel」なんで、「大天使」だから、まぁ、クラシカルなタイトルもまんざら取って付けたもの、とばかりは言えないけど・・。歌の内容は人生の移ろいやすさ、はかなさを人は知らずに日々を生きる、みたいな、いかにもスコット好みの哲学的なもの、じゃないかな、と。

 B面の「スタンド・バイ・ミー」はR&Bの名曲、BEN・E・KINGの61年の大ヒットで、いろんな人がカバーしてるのは、よくご存知でしょう。フィル・スペクターの音作りを基本としていた彼らならではの、ちょっぴりライトな感覚のフワリとしたポップスにアレンジしてるのが面白いところ。マラカスの乾いた音も効果的です。

 映像はさすがになかったので、彼らの出世作となった65年の大ヒット「太陽はもう輝かない」をご覧下さい。スコットがなんで人気があったのか、よ〜く分かる映像です。ゲイリーはほぼ出て来ないしね。

2010年1月10日日曜日

冬晴れとパット・ブーン


青空に映える木立が「冬」です。


これはジャケ袋部分。


なんともシンプルというか簡素過ぎるジャケです。解説もこの端っこに書かれてます。それによると、「エレガント派のパットが手足で拍子をとって唄い出すと、ティーン・エヂャー達は首のないニワトリのように、のたうち廻ります。(中略)彼は22才のコロンビア大学生です。その声の若さに溢れて上品で、甘いソフトなフィーリングは絶対無類です」(原文まま)
実にストレートなコメントですね。しかし、首のないニワトリ、というのはどうなんですかね?当時はOKだったんでしょうか。不思議です。


 今日はお正月もいいかげん過ぎた、10日の日曜日、連休の中日です。

 明けましておめでとうございます。というのも、なんとなくマヌケですが、今年ここには初めてなので一応ね。

 去年末、渋谷のRECOfanでまたぞろ、中古レコードを探って来ましたが、そこから1枚、今日の気分でチョイスしてみました。今日は冬貼れの快晴で、ヒジョーに気持ちのいい午後でした。ミクシなんかではぼくのママチャリ散歩など、つれづれなるままに書いたりしてますが、たまには、つーか、ここでヤレよ!ということでヤリます。

 ウチの近所には緑が多くて、大きな通りに挟まれた場所なんですが、どちら側にもよくチャリで行きます。お茶したりメシしたりミーティングしたり買い物したり、ま、いろいろ。

 今日の天気は本当に素晴らしく、風は冷たかったけど、サイコーなママチャリ散歩日和でした。ちなみに、夜更けも見回りに出かけたりしますんで、昨日というか、今朝方未明の闇の空に輝く上弦の月と星々がキレイで、今日の晴天を予期させてました。

 買ったレコードはLPが5枚と7インチが25枚。

 そこから今日のこの気分でチョイスしたのがパット・ブーンの名曲「砂に書いたラヴ・レター」(Love Letters In The sand)です。57年5月に全米1位になった彼の最大のメガ・ヒットですが、オリジナルがあり、それも31年にTed Black & His Orchestraで6位にランキインしています。が、それは聴いたことありません。
 パット・ブーンの曲では個人的に一番これが好きですが、「I'll Be Home」もかなり好きです。

 この曲、たしか日本でもヒットして日本人がカバーしてました。誰だったかなぁ?ちょいと検索します。

 ありました。最初は、旗輝男さんという方が歌っていたようですが、より広く知られるようになったのは、田辺靖雄さんが歌ってかららしいです。「ヘイ・ポーラ」(梓みちよさんとデュエット)とか歌ってましたね〜。




2009年12月30日水曜日

冬のプログレ2

  夏はレゲエ、というようなことが一般に言われてから、何となくそうなのかぁ、という空気が満ち満ちてもう随分になります。夏=レゲエ、というのはどこにも何の根拠もないんですけどね。イメージでしょうかね、やっぱり。

 そういう意味では、冬はプログレ、というのも同じようなものです。別に冬場だけに限ったものじゃないですから。ただ、イメージ的に、クールな感じのするサウンドが冬をイメージさせるというだけです。もちろん、言うまでもなく、みなさんはお分かりだと思いますけど。

 それはともかく、プログレってコトバは聞いたことあるけど、バンドや曲はよく分からない、という人も多いんじゃないかと。KING CRIMSONやPINK FLOYD、YES、E.L&Pあたりは、洋楽ファンなら一度は耳にしたことあるはずです。こないだは、イタリアのPFMを紹介しましたが、クラシカルな雰囲気の優雅なサウンドと曲想が彼らの魅力の大きなポイントであることは、誰もが認めるところでしょう。

 その意味で、同じような、叙情派のプログレ・バンドはいくつかありますが、中でも70年代の始めから半ばにかけて本国イギリスはもとより、ヨーロッパやこの日本で人気のあったのが4人組のCAMEL。キーボードのピーター・バーデンス(02年に死去)とギターのアンディ・ラティマーの二人が中心となるこのバンドは、73年にデビューし、75年に『Snowgoose』という傑作を発表し、一躍人気者になり、その翌年に発表した『Moonmadness』で確固たる地位を築きあげました。ただ、その翌年77年にピーターが突然の脱退を表明し、その勢いは二度と上昇することなく、自然消滅していったのです。
 ちなみに、Wikpediaには以下のような記述があります。
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 ラティマー、ファーガソン、ウォードの面子で活動していたローカルバンドに、すでにゼムやソロ活動でキャリアを重ねていたバーデンスが加入。キャメルが結成される。
初期はラティマーの哀愁漂うエモーショナルなギターとバーデンスの軽快なキーボード、アンディ・ウォードの多彩なドラムを軸に、美しいメロディをテクニカルな緊張感のある演奏で聴かせていた。
『MOONMADNESS』発表後、まとめ役的存在であったファーガソンを演奏能力の問題から解雇、元キャラヴァン(CARAVAN)のリチャード・シンクレアを後任に据え、ゲストメンバーとしてメル・コリンズ(後に正式加入)等を迎えて活動。
『BREATHLESS』収録後、バーデンスがラティマーとの軋轢から脱退し、ヴァン・モリソンのバンドに加わる。後任に元キャラヴァンのヤン・シェルハース、さらにツアーメンバーとしてやはり元キャラヴァンのデイブ・シンクレアが参加。オリジナルCAMELより元CARAVANメンバーの方が多くなり、CARAMELとあだ名される。
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 ここでは『Moonmadness』から「Lunar Sea」のライブ映像を紹介しておきます。どこかで聞いたことのあるタイトルですよね、「ルナシー」。

2009年12月28日月曜日

冬の空と木々とPFM














 冬空に突き出すような葉を落とした木々を見ていたら、その空の威厳に満ちたような光景にしばし見とれてしまいました。

 自然の生み出すさまざまな風景、景観はいろいろなメディアで見慣れているのに、身近なところにも、素晴らしい世界があったんだな、と妙に畏怖の念みたいなものが自然に心にわき上がりました。エコとかロハスとか、そういうことでもなく。

 そんな光景を見ていてフト思ったのが、こういうシーンにはプログレが似合うな、と。まぁ、妄想ですが、それでも、どんな折にも音楽とリンクするのは昔からの習性みたいなものなので、ぼくには普通です。12月、と聞くと、何故かBEATLESの「恋を抱きしめよう」やフォークルの「帰ってきたヨッパライ」とかが心に浮かぶんです。遠い記憶が甦るんでしょうね。その2曲なのが何故かはわかりませんけど。


 プログレでもいろいろ種類はあるわけで、その中でも、ぼく的には真っ先に思い浮かぶのはイタリアの70年代初めに出て来た、PFM。元々はプレミアータ・フォルネリア・マルコーニという長い名前でしたが、すぐに頭文字を取ってPFMが正式名称になりました。彼らのイギリスでのデビューは1973年で、キング・クリムゾンの歌詞担当で知られていたピート・シンフィールドに見初められ、彼がその年に設立した新しいレーベル「マンティコア」からデビューしました。作品名は『PHOTOS OF GHOSTS」(現在の市販品はビクターからも紙ジャケでVICP-60809)
 ちょうど、その頃、ぼくも初めてのイギルス旅行中で、彼らのレディング・フェスでのステージも見ていました。さらに、幸運にも彼らを取材することも出来たんです。会ったのは、ロンドン市内(かなりアバウト)で、パブかカフェだったか、とにかく、そういう場所でバイオリンのマウロ・パガーニとキーボードのフラヴィオ・プレモーリの二人にぼくと通訳兼カメラマンの人の4人だったような気がします。
 英語は今もロクに喋れませんが、彼らもまだイタリアから来たばかりで似たようなものだったので、互いにゆっくりとした会話になり、それが逆によかったみたいで、互いにぎこちないながらも、何とかコミュニケートすることが出来ました。


 彼らの音楽の基礎にあるのはクラシックで、そこにイタリアンなフォルクローレなどの要素が加味され繊細かつ情熱的な叙情詩のような世界が展開されていて、もちろん、技術的な部分も見事で、ぼくには実に入りやすいものでした。特に印象的なのがそのデビュー・アルバムのハイライトのひとつでもある「River Of Life」は今でもラジオなどでことあるごとにプレイしていて、イタリアン・シンフォニック・プログレの名曲中の名曲だと思っています。

 彼らについてはWIKIPEDIAに以下のようなコメンタリーが出ています。参考までに紹介します。でも、CDをキチンと聴いてみて欲しいですね。
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Photos of Ghosts
P.F.M. の スタジオ・アルバム
リリース
1973年9月
録音
1972年
ジャンル
プログレッシブ・ロック


レーベル
マンティコア・レコード
プロデュース
ピート・シンフィールド
P.F.M.
クラウディオ・ファビ

1971年イエスやディープ・パープル等のイタリア公演で前座を務めてイタリアの聴衆への認知度を高めていった。そして1972年3月、ルーチョ・バッティスティのレーベルであるヌメロ・ウノ(Numero Uno)から、アルバム『幻想物語』でデビュー。イタリア国内チャートで最高4位まで上昇し、さらに同年暮れにはセカンドアルバム『友よ』をリリースした。これと前後してELPのイタリア公演の前座として出演し、それがきっかけとなってグレッグ・レイク及びピート・シンフィールドに注目されてイギリスに招かれ、『友よ』をベースとした英語詞主体のアルバム『幻の映像』を制作、1973年3月にロンドンのABCフラム劇場でイギリスでの初ステージを実現し、さらに8月のレディングのロック・フェスティバルに出演。このステージが聴衆から高い評価を得た。この時のラインナップはフラヴィオ・プレモーリ(キーボード・ボーカル)、フランツ・ディ・チョッチョ(ドラム・ボーカル)、ジョルジオ・ピアッツァ(ベース)、フランコ・ムッシーダ(ギター・ボーカル)、マウロ・パガーニ(バイオリン・フルート)の5人編成だったが、9月にマンティコア・レーベルから国際デビューした前後に、ベースがピアッツァからアレアに在籍していたヤン・パトリック・ジヴァスに交代した。

12/23(wed)CROSSROADS報告


右ー信頼出来るロンナイっ子U-ichiくんがヘルパーです。器材準備から映写など彼が自腹でやってるんです。エライ!


カメラで撮ると明るくなるんで「キタネ〜よ」と言いたくなりますわ。普段クラブ明かりついてないっすからネ。


「CROSSROADS」の後にはKatchin'のDJイベント「Oscillators」があります。こないだは、そのゲストDJつーことで、bくがDJしました。もちろん、60〜70年代ロック・クラシック全開バリでした。Led Zepplelinの「How Many More Times」やっぱ、いいわ〜!



 こないだの水曜日、23日、祝日でしたが、今年最後の「CROSSROADS」をいつものように渋谷のOrgan-Barでやりました。祝日ということもあり、いつもより少しだけ早めの午後9時からスタート予定で、でも、やっぱり多少オシて、9時15分ころからになりましたけど。

 今回は、前にも一度やって好評だった、「リクエスト大会」を企画してみました。すでにご承知とは思いますが、これは来てくれるお客さんに、自分のリコメンドを持参してもらってそれを皆さんの前で紹介する、というやり方です。携帯サイトのBBSにも書き込みがありましたが、多くの方に参加してもらい、それがまたみなさんとても音楽熱心というか、マニアというか、素敵なものを持って来てもらい、おおいに一同でそれをエンジョイした次第です。

 演目は、Poguesの「ニューヨークの夢」のPVから始めて、B.B.KINGのライブでのエタ・ジェイムスのボーカルにドクター・ジョンがかけあいで参加する場面、マイブラことMy Bloody Valentineの名作「Loveless」を紹介し、ジェイソン・フォークナーのイケメンぶりを披露して(ぼくがかける曲を間違えて、シュガー・レイの懐かしい「Every Morning」に変更したりなんてこともありました!)、リイシューされたストーンズの「Get Ya Ya's Out」のDVDでの69年のライブ映像で客で来ていたジミヘンやジャニスの在りし日の姿を確認したり、クリームのロイヤル・アルバート・ホールでの「フェアウエル・コンサート」を見たり、日本の誇るロック・バンドで近年復活したFlower Travellin' Bandの「Make Up」を聴いたり、などなど、ホント、ここに集まるみなさんはなんて音楽愛の強い人たちなんだろう!と、ぼく個人かなりモチベーションがあがりました。

 ジャンルを超えて、時代や国境も超えて、いろいろな音楽の豊かさに触れるという、このイベントの趣旨をみなさん、よ〜く理解されてるんですよね。その意味で、今後もこのイベントは継続したいし、というか、もっともっとあちこちで開催したいです。音楽話の出来る環境というものが、この何年も生活の中にほとんどない、少なくともカラオケやライブくらいしか、音楽を共有する場面がない、という悲しい状況を何とか打ち破らないと、という思いで始めた「CROSSROADS」は、2年以上かけてようやく小さな芽が出て来たように思えます。どげんかせんといかん、は宮崎や政治だけの話じゃないんですよね。

 ここまで参加してくれたみなさん、毎回のように来てくれているみなさん、そして応援してくれるウチのU-ichiをはじめとするスタッフ、Organ-Barの関係者、などここに改めて感謝します。特に、ぼくのあちこちにばらけるトークを毎回録音してくれて、さらに時間をかけて編集して、その上でYOU TUBEにアップしてくれているYさん、ホントにありがとう。

 ロックがハバを利かす世の中にするため(キヨシローくん談)に、ぼくの出来ることを少しづつやっていきますので、応援よろしくです。