2008年11月30日日曜日

ギューちゃん久々に登場!

ひさびさに会ったんだけど、いつもオシャレつーか、カッコいいお兄さんなギューちゃんとウチのキレイなファミリー姉さんたちのYO-TOMO



  オルガン・バーのロンナイ・エクストラもなんとか無事に終わってホッとしたら、なんかアレレ、また風邪かよ?な今日です。背中がゾクゾクッて感じで、おまけにくしゃみも。こういう時には休養が一番なんだけど、なかなかそうもいかないっす。

 木曜には恒例の原宿SMOKEでTDF主催のパーティーでまたDJしました。女の子のDJがいて打ち込みモノでしたが、かわいらしくてポッとしてしまいました(笑)。しかも、お世辞でしょうけど、ぼくのDJの後ポツリと「好きな曲ばかりでした」だって!ウレピーね〜。
 その後に深夜まで渋谷FMでの「ROCK YO TOWN」収録。帰ってからもまた朝方まで仕事。

 あれこれあって肝心なのアップするの忘れてました。火曜日ワイヤーに電撃ネットワークのギューゾーことギューちゃんが来てくれたんです。まぁ、彼ともずいぶん長い付き合いになるけど、たま〜にこうして今でもフラッと顔を出してくれるんですよね。仲間は大切にしないと、です。ドクターがこの日でレギュラーのロンナイを「卒業」したので、そのお別れに来たのかもね。
 ドクターの卒業のコメントやDJセットなどは、また改めてサイトに公式に報告するとして、ドクターことイハラくんとも西麻布のピカソからだから、もう、かれこれ20年ですか。ギューちゃんなんかもその直後の新宿ミロスガレージからだったと思うから、やはり長いです。いろいろありましたよ、あの頃は。みんな若気の至りでネ。

 ギューちゃんはDJもいろいろやってます。ミッツィー申し訳や掟ポルシェたちと「申し訳ナイト」とか、自身の日本語ロックにマイク・パフォーマンス交えたパーティーとかね。ぼくもゲストで出たことあります。凄いエネルギーとサービス精神に感激させられました。これからも仲間でありつつ、よきライバルとしても交遊したい人のひとりです。

2008年11月29日土曜日

渋谷Organ-Barです

ここは路地の入り口付近。この右にハーレーショップのビルやライブハウスの「チェルシー・ホテル」がある。奥にはイエローポップとかかつてはCISCOなんてレコード屋もありましたね。ハンズのトイメンです。グーグルで分かるんじゃないかな。
ここがオルガン・バーの入り口。くれたけビルの3階。まぁ、かなり年季の入ったビルだけど、狭い階段を上がっていくとドアの向こうは案外アットホームでログハウス調のこじんまりとしたバーラウンジに暗いフロアの振り分け2K。100人はかなりムリです。


 ここんとこ、渋谷のクラブ「Organ-Bar」で立て続けにイベントをやりましたが、いずれも今までにないくらい盛況で来ていただいたみなさんには感謝感謝、です。

 26日水曜日には恒例、毎月第4水曜日の「トーク&音楽鑑賞会」的なこじんまりとしたサークル活動みたいなイベント「CROSSROADS」がありましたし、昨日28日金曜日はここで初めての「LONDON NITE」を行いました。どちらも、自分で言うのもナンですがかなりいい雰囲気だったとゴキゲンです。

 「CROSSROADS」は機材的な問題で予定していた「ゴールデン・カップス」の映像などが見られず、一部内容を変更してやりました。もっとも、予定は未定、であくまで目安なんでそのあたりのアバウトさはご理解いただいていると、勝手に思っています。DVDとかウチで録画したものが読み込めなかったりして見られない、ということはよくあるんですよね。
 カップスの代わり、ということでもないんですが、多めにやれたのがGRATEFUL DEADを中心とした60年代のサンフランシスコ界隈でのサイケデリックなムーブメントの様子だとかライブとか。ジミヘンのインタビューなんかもみなさん興味津々という感じで見いってました。

 平行して何枚かのアルバムから曲も聴いてもらいました。カップスのライブでの演奏(マディー・ウォータースの「Got My Mojo Workin'」とか)や、大ヒット・シングル「長い髪の少女」のB面の「This Bad Girl」など、彼ら本来の持ち味が存分に出たサウンドとプレイに、GSの隠れた新しい一面を垣間見たようでGS=オヤジの懐メロ、という単純なイメージがいかに不当かつ短絡的であるかを分かってもらえたら幸いです。

 「ロンナイ」のEXTRA開催に関してはまた改めて報告します。ただ、いつになくいろいろなお客さんでにぎわい、みんなから、また週末やってほしい、と言われました。もちろん、検討しますよ。チャーベくんの熱い思いには大貫嬉しかったです!!!

 写真は、「オルガンの場所がよく分からない」という方がまだ案外いるようなので、入り口やオルガンのある路地の入り口付近です。東急ハンズの横の通り、バイクのハーレーショップのビルの左方向の路地を入ってすぐ右側。狭い階段がすぐにあります。看板とか出てないので初めてだと確かに分かりにくいですかね。

2008年11月24日月曜日

青森ロンナイ御礼&速報


青森市街にあるホテルから。土曜の夕方なのに人気がないよ!みんな買い物とかどこですんの?


帰りの青森空港で。ヒカルと「高橋一郎、元気いっぱい!」(昔そういう選挙ポスターが原宿に貼ってあって大笑いしました)な一郎クン。


東北つながりでお隣の岩手から参戦した二人組、EL SKUNK DI YAWDIE。GRC、ワイヤーのロンナイにも出てくれました。DJ藤井サトルくんと同郷のお仲間。


 青森、そこはすでに真冬だっちゃ!!!!(いや、正しくは、だった)

 22日の土曜日午後、我々ロンナイ・クループラスゲストKEEの5人は羽田空港出発ロビーにいた。しかーし、そこにとんだハプニングが発生。予定の飛行機が機械のトラブルで急遽NGとなり、別の飛行機に乗り換えだって。今までこんなの経験ないよ。いい加減待たされてのこのアナウンスにあちこちからブーイング。「ざけんなよ!」とヒカルとSHJも吠える。1000円の「お食事券」を渡され、結局約2時間遅れで青森へテイクオフ。

 知ってはいたが、やっぱり実際に見ると東京住まいの我々には「ウソだろ!」と言わずにはいられない一面の雪景色。幸い、大雪は過ぎていたけど、地上気温2度。東京は14度もありました。ダウンパーカ持ってきてよかった〜。迎えにきてくれた「ツバキ時代」からの旧友で地元の名士「東北の眠れる虎」こと、一郎クンはこともなげに「雪?フツーフツー」だって。

 そして、いきなり夜になり(てゆーか、着いたのは午後4時前だけど、もう薄暗いんだよ現地は)、人気の無い大通りに面したリンガーハットみたいな店構えの会場SPACE4に、近郷各所から集った若者&元若者総勢200人くらいがロケンローをエンジョイ。でも、アレだよね、最近はどこも地元のDJ諸君と一緒にやるけど、昔は完全に「ロンナイ=パンク/ロカビリー」だったけど、この頃はDJもいろいろで、MURAJUNみたいなディスコ・クラシック系のハウス寄りな人も多い。それもアリ、です。

 今回はスペシャル・ゲストに岩手のロカでフォークでメスティソなデュオ、EL SKUNK DI YAWDIEが急遽参戦。ギターにカフォン(ミカン箱みたいな(SHJ談)立方体の打楽器、MURAJUNもEL SKUNKに影響されて(SHJ談)購入したとか)というシンプルながら、だからこそ技術とハートが勝負の境目ともいえる彼らのライブには、大きな拍手が送られました。ヒカルは最初ツマンなそーだったけど「サンテリア」のカバーで評価し直して、最後まで聴いてた。分かりやすい人です。

 てなわけで、あんまり長いと誰も読まないっすよ、というカッチンの意見に従い、今回はこのへんで。とにかく、スッゲーさみーところに大勢来ていただき感謝します。一郎クンやSPACE4の関係者ほかのスタッフにも大感謝。来年は、「やっぱ、冬はダメだわ。暖かい時期にしましょー」(一郎談)ということもあり、そのへんの時期にまたうかがいます。ありがとう!!

2008年11月21日金曜日

チョーお宝?

これが「お宝」。Sex PistolsのEMIの時のスタジオで制作されたいわゆる「ラッカー盤」。普通はすぐび破棄されます。


 いよいよ、出し惜しみしていたものを紹介します。

 まぁ、言ってもレコードなんですけどね。ただ、その「レコード」が普通ではほとんど見られないもので、つまり、普通一般には売られていないというか、売り物にはならないもの。

 レコードを発売する前の段階でのモノ。音質などをチェックするためにヴァイナルではなく、ラッカー素材で作られたものです。だから通常はチェックが済んだら壊して破棄するんですが、なぜか、ウチにあります。ロンドンにいた音楽関係の友人からもらったものです。

 コレがなんと!自分でも当時クリビツ(ビックリ)なSex Pistolsの「Anarchy In The U.K.」のモノで、よく見るとABBEY ROAD STUDIOのレーベルがあり、手書きで、曲名やバンド名がマジックかなんかで書かれている、というシロモノ。


 何回かこれも実際にクラブで使用したけど、さすがに使い減りするのでやめました。いかがですか?かなり「レア」ではあるでしょ?

2008年11月17日月曜日

お宝?プロモ7インチ

御大クリス・トーマスがプロデュースしたSex Pistols76年12月衝撃のデビュー・シングル「Anarchy In The U.K. c/w I Wanna Be Me」EMIRECORDS EMI 2566 普通にクラブで使用することもありますよ。みんなが「もったいないからやめた方がいい」ってアドバイスしてくれます。



 久しぶりにウチの数少ない音楽の「お宝」を。

 ご覧の通り、これはSEX PISTOLSのEMIでのデビュー・シングルとなった「Anarchy In The U.K.」のプロモーション用のもの。見れば分かりますよね。シールが貼ってあるから。
 これが「時価」いくらか、なんてことにはほとんど興味がないんですが、仕事柄こういうたぐいのモノは案外ウチに残ってたりします。ほとんどは海外で購入したり、友人からいただいたりしたものです。

 実はこれよりはるかに貴重なレコード?もあります。ピストルズ・マニアのYART先生にその昔、鑑定して?もらったら、彼もその現物を見たことがなかったとかで、相当な「お宝」だということでした。

 小出しにしてジラせてすんません。次回、それをここに紹介します。ホント、イヤらしいっすよね〜。自分でもそう思うもの。

2008年11月15日土曜日

PSYCHEDELIA

ALLMAN BROTHERS BAND AT FILMORE EAST '71
RICK GRIFFNは独自の硬質なタッチのドローイングで人気者に。これは68年2月の作品で、JIMI HENDRIX,JOHN MAYALL,ALBERT KINGの名前が見える。デッドのアルバム『AOXOMOXOA』(69年)のジャケも彼のデザイン。
初期のフィリモアの「専属デザイナー」のような存在といしてあらゆるポスター、フライヤーのデザインを手がけていたWES WILSON。次第に「サイケ」なアートに特化していきボスのビルに「なんて書いてあんだか読めないぞ」と言われ「ウン、だからイイんじゃない。みんな何が書いてあるのかジッと見るからさ」と答えた。




 サイケデリア。つまり、サイケデリックな世界、っていうような意味ですかね。

 今から40年以上も前、65年頃から70年にかけての数年間、サンフランシスコ界隈で大きな勢力を築いた文化的、思想的なある種の理想郷。その拠点になったのが今でもヒッピー観光地として名高いハイトアシュベリー地区で、多くの流れ者がそこにたどり着き、住み着いてハイになってました。
 そして、音楽的な拠点となっていたのが、フィルモア・オーディトリアム。体育館みたいな感じのコンサート・ホールで、そこの主催者がビル・グラハム。彼についてはいろいろな本も出てますから、そちらで(あるいはネットなどでも)じかに見てもらうとして、ここで紹介したいのは、周辺環境というか、フィルモアのコンサートのために作られたポスターやステージにおけるライトショウ。

 このふたつぬものがサイケの世界的浸透に果たした役割はバンドと同等かそれ以上。

 ポスターは視覚的にあたかもサイケのシンボルのように見られたし、ライトショウも単なるステージの演出効果以上のサムシングを人々にもたらした。つまり、イメージ。PILじゃないけど、一般的なモノの見方というのは個人の主体的な判断を前提にするのではなく、メディアによる情報の露出の程度という、きわめて漠然とした印象度の濃淡にある、とぼくは思っている。
 いや、ぼくは社会心理学者でも文化人類学者でもない。ただのこの社会の一員。であるからこそ、実体験者としてハダでそう感じる。

 サイケの、つまりサイケデリックな世界観みたいなものは、これらの古いポスターやライトショウなどのイメージによって、多くの人々の意識の中に埋め込まれ、それは今でも息づいているように思える。

 でも、本当に素晴らしいアート、作品じゃないでしょうか。昔のお宝、なんかではすまされない意識のようなものがあり、それが今もぼくらに何かをささやいているような感じです。

2008年11月13日木曜日

さっきまで新宿MARSでサポートDJ

フランスからのパンク・バンドHOGWASHが今夜の主人公。とても気持ちのいいお兄さんたちでした。
この怪しげに動く影がSATOLUさん。てゆーか、、暗いんだから動くなっつーの。ブレブレじゃん!
演奏もスゴいんだけど、MCもかなりの勢いでした。フランスから来ても普通に英語で呼びかけてました。ときどき、日本語も。


 
 知り合い、というより仲間、いや、子分?の藤井悟くんからのお誘いで、今日、新宿の歌舞伎町にあるライブハウス「MARS」で、ライブ・イベントの合間のサポートでDJして来ました。

 メインのバンドはフランスのパンク・バンドHOGWASHで、ほかに日本のパンクなバンドもいくつか出ていました。ぼくはパンク/ハードコア方面に疎くて、HOGWASH以外の日本のバンドはまるで知らなかったんですが、みんな元気はいっぱいでしたよ。話もしたりで、思わぬ出会い、にもなりました。

 お客さんも元気で、DJの時も数人ですが踊ってくれてました。普通、こういうイベントじゃDJタイムは休憩タイムなんだけどね。

外国の人も数人いたりで、さすがフランスからのパンク!と思ったけど、なんだか知り合いみたいでもありました。まぁ、でも、ぼくのDJを気に入ってくれて握手まで求められて、少し嬉しかったかも。HOGWASHはCDで聴いていたよりも断然ハードで、でも、いわゆるハードコア本流というのとも微妙に音が違い、音楽的な多様さを感じました。ちなみに、オープニングの入場曲はクィーンの「Flash Gordon」だったのにはちょっとビックリ。クィーン好きなのかな?

 海外でもDJ一度はやってみたいな、とさらに強く思った夜でした。