昨日書いたStatus Quoのぼくのお気に入り「Mess OF Blues」のエルヴィスのバージョンの映像です。60年のスマッシュ・ヒットで、彼が兵役に就いていた時期のナンバーなんで、こういう映像になったんだと思われます。
参考までにご覧ください、
2009年4月17日金曜日
STATUS QUO好きなんですよね
さっきまで、原宿のバー・ラウンジ「SMOKE」で社長の黒崎さんのバースディー・パーティーでDJしてました。ここでは、ほぼ毎月一度、第4木曜日に黒崎さんの主宰するデザイン・クリエイティブ集団TOKYO DESIGN FLOWが開催しているパーティーのような勉強会のようなイベントで、1時間くらい好きにDJさせてもらってるんです。
社長は家具のIDEEグループも率いていて、それなら聞いたことある、という人も多いかと思いますが、まぁ、一口に言って、変わった人です。もちろん、いい意味で。ワンマンと言えばワンマンです。でも、強烈なリーダーシップを持った人はほぼ例外なく「変人」です。変人が聞こえが良くないなら「個性的」ですか。とにかく、ユニークな考え方と抜群の行動力、DIY精神の持ち主ですね。
それで、音楽はハードロックとパンクが好きとのことです。60年代末にはバンドでボーカル&ベースを担当してたそうです。どんなのやってたんですか?とうかがったら、「クリームとかコピーしてました」だって!
そういうこともあり、ウチに帰ってきて無性に聴きたくなったのが何故かSTATUS QUO。それもエルヴィスがやっていたピアノ・ブルースの「Mess Of Blues」のカバー。コレ、ぼく大好きなんですよね。ロンナイでもたま〜にかけます。完璧に彼らのブギーにリメイクしちゃってるんだけど、そこがカッコいいんですよね。腰が浮いて揺れ出す曲ってのは、こういう曲ですよ。エルヴィス・ファンには悪いけど、ぼくはクオーのこのバージョンがベストだと確信してます。Let's Get It On!
2009年4月15日水曜日
マーキー・ラモーンと
ちょいと前になるけど、マーキーが来日してましたね。ライブには行かなかったけど、彼の出たイベントにちょっとだけ出て、DJも少しやりました。
6日の月曜日、六本木のRolling Stone CafeでインターFM主催、トミー・ヒルフィガーが協賛のイベントで、インターの顔とも言えるジョージ・ウイリアムスくんたちの番組「GMG」絡みのモノだというんで参加しました。ジョージにマイクそしてタロヲくんたちは数少ないラジオ関係のお友達ですから。
まぁ、ラジオのリスナーとかを主に呼び込み、後は関係者かな?でも、ストラマーズの岩田くんとか知り合いにも何人か会いました。予想以上の人出で、キャパ150人がいいとこのハコにその倍以上の人たちが押し掛け、ビル全体が揺れるような熱狂ぶり。
簡単なトーク・ショウに参加してカッチンは自ら「世界で5本の指に入るラモーンズ・マニア」と公言してました!!写真はそのカッチンとマーキーと並んだところを写メしたもので、画像が粗いのは明かりがアンダーだったからで、見づらくてスミマセン。
ライブもやってました。ラモーンズの曲ばかり30分くらい。でも、やっぱり見た目は明らかに違うし、雰囲気もねぇ。しかし、メンバーがいないんだから仕方ないか。気分はラモーンズ、には一瞬でもなれますから。バンドのほかの二人は若いけどイイ人たちでした。ベースのオネーさんは特に愛想良かったな。
じゃ、また。
2009年4月13日月曜日
CROSSROADS 4/22(WED)
今月の恒例「クロスロード」では、お伝えした通り、ルーツなロック、R&B、ブルースなどを集めて、みなさんと音楽に浸ろうかと考えています。
まだ、具体的に何をどう見てもらうとか考慮中ですが、例えばこんな映像もあればいいかな、と思ってます。これは言うまでもなく、60年代イギリスのいわゆるBRITISH BEAT日本風に言うなら「リバプール・サウンド」で、中でもこのエリック・バードン(後にWARを結成)を擁したアニマルズとかヴァン・モリソンがいたゼムとか、明らかに一連の「リバプール・サウンド」とは一線を画すR&Bテイストなバンドも人気を集めて、その後のイギリスにおけるブルース・ロックの流れに多大な貢献を果たしたバンドがいました。
22日水曜日、午後9時半頃からいつものように渋谷のオルガン・バーでやりますので、お時間ある方は是非覗きに来てみてください。では、アニマルズで「悲しき願い」(日本では当時、尾藤イサオさんが日本語でカバーしていましたね)です。
2009年4月10日金曜日
プログレ
4月3日のぼくとカッチンのやってるラジオ「ROCK YO TOWN」で1時間丸ごとプログレ特集を、ノーMCでやりました。まぁ、初めに簡単な説明はしましたけど。
そしたら、何故か?曲目とかについての問い合わせがあったそうです。こう言っちゃナンだけど、あの番組にはお便りとか問い合わせとかの類いは滅多に来たことないんですよ。コミュニティーFMだからか、何なのか理由はまるでわかりませんが。
それが、「プログレ特集」で今回初めて問い合わせが来た、と担当Dに言われてビックリです。カッチンも同じように驚いてました。好きなヤツはどこにでもいるんだなぁ、って。まぁ、お便りがないからといって、リスナーがゼロということにはならないけど、やっぱりリアクションはないよりあった方が「モチベーション」があがりますからネ。
この回の選曲リストはすでにサイトにアップしてありますので、そちらを参照してもらえればありがたいです。一応、およそのところだけコメントしてくと、オープニングはPINK FLOYDの『ATOM HERAT MOTHER』から「Fat Old Sun」、次が初期DEEP PURPLEで68年の『Book Of Taliesyn』から「Composition~We Can Work It Out』、続いて現SYSTEM7で活動中のスティーブ・ヒレッジの75年の初ソロ『FISH RISING』から「The Salmon Song」などなど。1曲が基本的に長い演奏なんで1時間枠でも、8〜9曲くらいOA出来ればいい方。
とにかく、お問い合わせいただいてチョー嬉しかったです。聴いてる人は聴いてるんだな、と再認識しました。頑張ります。映像はスティーブ・ヒレッジのライブでセカンドの『L』からドノバンのカバー(つーか、もはやコレはリメイク)の「Hardy Gardy Man」。ロックン・ロール・ジプシーと異名をとった時期の彼のアシッドでラーガな演奏を一度聴いてみて欲しいです。
そしたら、何故か?曲目とかについての問い合わせがあったそうです。こう言っちゃナンだけど、あの番組にはお便りとか問い合わせとかの類いは滅多に来たことないんですよ。コミュニティーFMだからか、何なのか理由はまるでわかりませんが。
それが、「プログレ特集」で今回初めて問い合わせが来た、と担当Dに言われてビックリです。カッチンも同じように驚いてました。好きなヤツはどこにでもいるんだなぁ、って。まぁ、お便りがないからといって、リスナーがゼロということにはならないけど、やっぱりリアクションはないよりあった方が「モチベーション」があがりますからネ。
この回の選曲リストはすでにサイトにアップしてありますので、そちらを参照してもらえればありがたいです。一応、およそのところだけコメントしてくと、オープニングはPINK FLOYDの『ATOM HERAT MOTHER』から「Fat Old Sun」、次が初期DEEP PURPLEで68年の『Book Of Taliesyn』から「Composition~We Can Work It Out』、続いて現SYSTEM7で活動中のスティーブ・ヒレッジの75年の初ソロ『FISH RISING』から「The Salmon Song」などなど。1曲が基本的に長い演奏なんで1時間枠でも、8〜9曲くらいOA出来ればいい方。
とにかく、お問い合わせいただいてチョー嬉しかったです。聴いてる人は聴いてるんだな、と再認識しました。頑張ります。映像はスティーブ・ヒレッジのライブでセカンドの『L』からドノバンのカバー(つーか、もはやコレはリメイク)の「Hardy Gardy Man」。ロックン・ロール・ジプシーと異名をとった時期の彼のアシッドでラーガな演奏を一度聴いてみて欲しいです。
2009年4月6日月曜日
KURT COBAIN14回忌
4月8日はニルヴァーナのカート・コバーンの14回忌。1994年の4月8日、彼の遺体がシアトル近郊の自宅で発見されたわけですが、猟銃自殺ということで、後から「遺書」のようなものが見つかったとかいろいろな報道、憶測が飛び交いました。
ニルヴァーナはいわゆるグランジ・ブームの牽引役としてあるいはそのシンボルとして世界中のマスコミや音楽ファンから大きな注目を集め、メジャー・デビューのアルバム「NEVER MIND』は世界中で1000万枚近いセールスを記録しているとのこと。92年には同じ音楽仲間だったHOLEのコートニー・ラブと結婚して子供(フランシスちゃん)までもうけました。なのに、そのわずか2年後の94年に何の予兆もなしに「自殺」のニュースがぼくらのもとに飛び込んで来たんです。2枚目の新作『IN UTERO』をリリースして、さあこれからまた活躍が期待される、という矢先の事件でしたから、そりゃあもうクリビツでした。
シアトルは自殺の多い都市、ということは聞いていましたが、まさか、こんな形で証明されるなんて・・・。
未だにぼくのプレイリストのマストの1曲「Smells Like Teen Spirit」は、今でもかけるとフロア爆裂です。ちなみに、関係ないけど、スヌーザーのボス、タナソーがニルヴァーナ好きなのは周知のところだけど、彼がDJを始めるきっかけのひとつは、ぼくがかつて西麻布にあったクラブYELLOWでやった「業界DJ大会」的なイベントに彼を引っ張り出したことかも。
その時の彼は緊張感ピリピリで、慣れない手つきでCDJを操り、とにかく何度となくニルヴァーナをプレイしていました。
ニルヴァーナはある意味で20世紀を締めくくるような存在でした。彼らがそれまでのビートルズ〜ピストルズといったロックの系譜のひとつの到達点であり、同時に新たな起点にもなったんです。少なくともぼくには彼らがメジャー・デビューした時、そう思えました。そして、その考えは今でも変わりません。
今週の「ロンナイ」@ワイヤーは少し多めにNIRVANAかけようかな。ヒカルくんはPUNKSPRINGフィーヴァーだろうしネ。
ニルヴァーナはいわゆるグランジ・ブームの牽引役としてあるいはそのシンボルとして世界中のマスコミや音楽ファンから大きな注目を集め、メジャー・デビューのアルバム「NEVER MIND』は世界中で1000万枚近いセールスを記録しているとのこと。92年には同じ音楽仲間だったHOLEのコートニー・ラブと結婚して子供(フランシスちゃん)までもうけました。なのに、そのわずか2年後の94年に何の予兆もなしに「自殺」のニュースがぼくらのもとに飛び込んで来たんです。2枚目の新作『IN UTERO』をリリースして、さあこれからまた活躍が期待される、という矢先の事件でしたから、そりゃあもうクリビツでした。
シアトルは自殺の多い都市、ということは聞いていましたが、まさか、こんな形で証明されるなんて・・・。
未だにぼくのプレイリストのマストの1曲「Smells Like Teen Spirit」は、今でもかけるとフロア爆裂です。ちなみに、関係ないけど、スヌーザーのボス、タナソーがニルヴァーナ好きなのは周知のところだけど、彼がDJを始めるきっかけのひとつは、ぼくがかつて西麻布にあったクラブYELLOWでやった「業界DJ大会」的なイベントに彼を引っ張り出したことかも。
その時の彼は緊張感ピリピリで、慣れない手つきでCDJを操り、とにかく何度となくニルヴァーナをプレイしていました。
ニルヴァーナはある意味で20世紀を締めくくるような存在でした。彼らがそれまでのビートルズ〜ピストルズといったロックの系譜のひとつの到達点であり、同時に新たな起点にもなったんです。少なくともぼくには彼らがメジャー・デビューした時、そう思えました。そして、その考えは今でも変わりません。
今週の「ロンナイ」@ワイヤーは少し多めにNIRVANAかけようかな。ヒカルくんはPUNKSPRINGフィーヴァーだろうしネ。
2009年4月3日金曜日
AZTEC CAMERA!!!

さっきまでミュージック・マガジン用の原稿を書いてました。
マガジンへの寄稿は久々で、今回のものは過去のマガジンでの年間ベストをあらためてまとめて今の時点での評価を、いろいろな書き手にレビューしてもらったものを掲載するという企画みたいです。
そこで、ぼくが担当したものは80年代以降のアルバムの中からひとつはザ・クラッシュの『SANDINISTA!』で、もうひとつがAZTEC CAMERAの83年のデビュー・アルバム『HIGH LAND,HARD RAIN』でした。もちろん、クラッシュのその作品にも大きな思い出や気持ちがあります。でも、原稿を書きながらCDを聴いていて、このAZTEC CAMERAの作品に思わず聴きほれてしまったんです。
このアルバムを初めて聴いた頃のことが、まさに走馬灯のようにザーッと頭や胸に去来して、なんとも切ない気分になりました。ロディ・フレイムも今年で確か45くらいです。ぼくより一回りは年下なんですが、83年ですから、あの頃の彼は19かそこら。ぼくも32でした。「ロンナイ」を始めてまだ間もない頃でしたし、ラジオではAMのラジオ関東(後にラジオ日本)でイギリスのチャートを扱う日本で初めての番組「全英トップ20」をやっていた頃です。そういえば、一昨日、その番組を一緒にやっていた今泉さん(スヌーピーと言った方がシックリしますが)と、これまた久々に彼女のFM横浜の番組にゲストで出ました。OAは確か(いつもあやふやでスイマセン)今週の金曜日(今夜?)、だったような。
とにかく、このアルバムには特別な思いがあります。パンクからネオアコへ、なんていう単純なものではなく、パンクの熱気にまだうなされていて、それでもそこから新たな地平を目指そうという優れたミュージシャンやバンドたちに囲まれていた時代。そんなところにポツンと現れたAZTEC CAMERAそして、そのリーダー(というより実質的には彼のソロ・プロジェクト)だったロディ・フレイム。彼と会ってパンクやそのほかいろいろな音楽の話をしたことなど、思い出は今も泉のように湧き出て来ます。
そしたら、YOU TUBEにちょいとゴキゲンな映像がありましたので、みなさんにも見て欲しくてここに載せました。曲はアルバムの中でも「Pillar To Post」と並ぶぼくのフェバリット「Walk Out To Winter 」。歌詞が特にイイんですよね。「〜きみの部屋の壁に貼ってあるジョー・ストラマーのポスターがはがれ落ちる 何となく貼ったんだけど、考えてみるとぼくらが彼らから得たものってずいぶんたくさんのこと 甘くて苦くて〜」なんていうクダリはもう、その頃のぼくの気持ちそのまま。
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